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樹木希林さんの追悼番組「徹子の部屋」をみました!

今回は、9月15日に亡くなった樹木希林さんの追悼番組について調べてみました。

さすがにまだ、どのテレビ局でも準備されていない模様です。おおよそ1~2か月は経過してからの報道が多いのですが、今回は「徹子の部屋」にて、予定を変更して放送されるというからビックリしました。

見逃した方がおられたら、ぜひ読んでみてくださいね。

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樹木希林さんの追悼番組「徹子の部屋」

引用元:https://www.oricon.co.jp/special/51233/

 

樹木希林さん 1990年47歳の時

薄いモスグリーンの和服の樹木希林さん。

樹木さんは、NHKの朝ドラで「はね駒」に出演していた頃の映像でした。

樹木さんは、「徹子の部屋」への出演依頼を度々お断りしていたそうで、その理由が、ご自分が亡くなった時に「追悼」されるのがイヤだから出たくなかったとおっしゃって、笑っておられました。

47歳の樹木希林さんは、ツヤツヤしたお顔で健康的でした。

お二人の年の差はおよそ一回り(12歳くらい?」黒柳さんが年上なのですが、樹木さんのお父様が「黒柳さんはお前とおなじくらいかい?」とおっしゃったことでガックリきたそうです。

それで、樹木さんと黒柳さんがドラマで共演した時に、本番のカメラが回る寸前に樹木さんが黒柳さんに「いくつ?」と訊ねたそうです。

答えた後に、演技の台詞に普通に入った樹木さんをみて、ビックリしたというエピソードを話されていました。

今の自分は、いろいろあったので、「人の痛みがわかるようになりました」「自分の値打ちがわかるようにもなりました」とも仰っていました。樹木さんなりに結婚・出産・離婚未遂などいろいろ経験されたからの発言なのでしょうか?

樹木希林さん 1996年53歳の時


絹の洋服を着て、出演。最近、木綿の服を着ると疲れるようになったということでした。

このころ、長女の也哉子さんが本木雅弘さんと結婚をした頃で、子育てを卒業という安堵感が漂っていて、少しふっくらしておられる時期でしたね。

内田裕也さんとの昔話にも少し触れてお話が進んでいました。


引用元:http://matometanews.com/archives/1911350.html
 
内田さんとの結婚生活はほとんどが別居生活であったこと、いろんなことがあったので、樹木さん的には、起爆剤になって楽しめるようでした。

内田さんにいつか「貴方はどなたですか?」と言って反応を見てみたいそうです。茶目っ気ありますよね。

樹木希林さん 2016年73歳の時


「黒柳徹子だけが知っているTHEテレビ伝説60年史」より

珍しく、樹木希林さんと内田裕也さんがご夫婦で出演されていました。もしかして、初めてのツーショットを見たかも?

樹木さんが着席されているところへ、内田裕也さんがステッキと一輪のバラを持って登場されました。そのバラを樹木さんへ手渡して場内盛り上がっていました。普通の夫婦ではあり得ない雰囲気ですよね。

終始お二人とも照れくさいような嬉しいような雰囲気で、この夫婦は結構いい関係なのかもと思いました。夫婦にはその数だけの形があるといいますからね。

一番、微笑ましかったのが、内田さんのコメントの中に「(樹木さんの事)ブスって言う奴がいますけど、俺はブスを嫁にもらう様な男じゃねえぞと思っている」とコメントされていました。

樹木さんは留袖風のお着物を着て、内田さんはアイボリーの上着にスカーフを首に巻いていて、凄くお似合いでした。

二人を知らないでバッと見たら、おしどり夫婦と言われても疑わないような空気が流れていました。

しかし、それは他人だからそう言えるのであって、実際の生活では樹木さん側は、寝ている時に今なら刺せると思ったり、ここで刺して、刑務所に入ったら、寒いだろうなとか自分の今後のことを考えて踏みとどまったりしていたというので、それなりに一筋縄にはいかない感情が渦巻いていたことでしょう。

樹木さんがご自宅を建てた時に、内田さんのお部屋を作ったそうなのですが、お風呂は内田さんの部屋だけシャワーだけだったことに腹を立て「ロックだって風呂に入りてーんだ」と言ったというのが笑えました。

黒柳さんが内田さんに「たまにはこんな風にしてみたら?」との声かけに内田さんは、にこっり無言。樹木さんは、小さい声で「ありがとうございます」と笑っていました。

若い時は、いろいろあった夫婦でも、晩年こんな風になれたら、連れそうというのも悪くないのかな?と思ったりしたのですが、それには、どこか深い愛情があることが大前提だなと思いました。

引用元:https://www.asahi.com/articles/ASL8V315YL7KUTFL00P..

 
内田さんは、本質的に優しいところがあって、娘さんやお孫さんに愛されているそうで、そういうところをみると樹木さんも引き離せないものを感じるそうなんです。内田さんって案外人たらしなんですね。

樹木希林さん 2018年75歳の時

亡くなる4か月前の出演でした。

その時は、くすんだサーモンピンク?のワンピース?ドレスを着ておられました。

お墓やお葬式の準備などをしっかり自分でこなしておられました。流石樹木希林さんですね。

47歳の時の初出演の時は、嫌がっていた追悼番組もしっかり話題にされて、今回はちゃんと追悼されることを意識されて受け入れておられました。

徹子さんがどっちが先かわからないけど、自分が先だった場合、樹木希林さんは何を言うかわからないので、嫌だわって仰っていて笑ってしまいました。そういう話題を出せる強さが樹木希林さんらしいですよね。

前にインタビューで最期に聞きたい曲はなんですか?と質問を受けたので、内田裕也さんが歌っている「朝日のあたる家」と答えたそうで、BGMに流れていました。告別式にはきっと流れるのかなと思います。

内田裕也さんは、ヒット曲がないのが自慢のロックンローラーなのだとか?確かに、内田さんの持ち歌は?と聞かれても一曲も知らないです。

それなのに、ちゃんと生活が営めるというのは、どういうことなんでしょうか?芸能界の不思議な世界と言うべきか?

それとも、樹木希林さんが援助なさっておられたのか?

樹木希林さんは、自分が立派な奥さんだったら、内田裕也さんの身の回りのことも完璧にしてあげられただろうに・・・と仰っておられました。
どういう理由で別居になったのかまではわからないので、夫婦の間でそうせざるを得ない事情があったのだろうなとは思います。

内田さんは、樹木さんに、「ハンコの場所だけは伝えておけよ」と言っているそうで、なんだかなって感じですが、それもまた、お二人の夫婦関係の形なのでしょう。

まとめ


お二人が並んで座っている2016年の映像は、可愛いお婆ちゃんとぶっ飛んだお爺ちゃんが、同じ方向を向いて生きてきた感じがあって、とても和やかに見えました。

向き合わなかったから、離婚もせずに夫婦としていられたのでしょう。

向き合わなかったから交差せず、離れても行かなかった。向き合ってしまうといつか交わった後に、離れていく関係になってしまう。

同じ方向をみていると、そのまま平行線でつかず離れず、続いていけるのかもしれないですよね。そんな稀有な夫婦の形があってもいいかもしれないです。

それには、どこか深いところで純粋に好きという気持ちがお互いにあったのかな?と思いました。素敵ですよね。

樹木希林さんのご冥福を心からお祈りします。内田裕也さんには、樹木さんの分まで長生きしていただきたいです。

最後まで読んでいただいてありがとうございました!

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